両親が私の結婚に反対し「縁を切る」とまでいいます。霊能者の相性占いが理由のひとつのようです。とてもつらいのですが、どのように心の整理を付ければよいでしょうか。

東京都 24歳 女性 


【相談内容】

 留学時に知り合ったアメリカ人の彼と付き合って5年近くたちます。現在彼は大学院を目指して勉強中で、卒業したら結婚する予定でいました。私の両親は私たちの付き合いに当初から反対で「恋愛と結婚は別だということを踏まえているならいい」とのことでした。

 この8月末に父親から見合いを勧められました。はっきりとその意志はないことを伝えたのですが、私の知らないところで話がかなり進んでいる気配があり、真剣にお付き合いをしている彼のことを話しました。けれども両親は大反対で、こちらのいう事に聞く耳を持とうとしてくれません。

 私には、日蓮宗のお寺に嫁ぎ仏様とお話をできるという霊能者の叔母がいるのですが、その人に彼の名前(アルファベット)と生年月日を見てもらうと、彼は二重人格でお互い気の強い二人の相性は最悪という結果が出たのです。前から母も彼との恋愛に反対でしたが、少しつづ二人のことをわかってもらえるよう折に触れて彼のことを話そうとしてきました。しかし、母が完全に信頼するその叔母にそのようなことを言われ、その時から「彼のことについては知る必要はない。興味がない」という姿勢で、家の中では彼と私のことはタブーのような状態になっていました。

 もちろん彼はそんな性格ではありませんし、誠実かつ正直で、本当に心の優しい人です。しかし母は、私は恋に恋をしている状態で、本当の彼の姿が見えていないだけだと言います。言葉も文化も違うのだから、絶対にうまくやっていけるわけがないし、不幸になるのが目に見えていると。遠距離恋愛の時期が長いので、彼にはアメリカで別に女性がいるはずだとか、大学院に行くんだから彼には結婚する気がないんだとも言いました。彼の将来に不安があると言うので、将来は日本語の能力を活かしてアメリカと日本の外交に関わる仕事をしたくて一生懸命勉強していると言うと「日本の公務員試験だって100何倍の倍率なのに、もっと大きいアメリカでそのような国家公務員的な職業につけるわけがない」と言い切ります。彼のことを何も知らないのに、また知ろうともしないのに、です。たしかに娘が遠くアメリカに嫁ぐという心配は理解できますが、なぜここまで根拠のない反対をするのか理解に苦しみます。

 両親とのやりとりの中では色々と理不尽なことがあり、最後には母から電話で「なにがあっても反対の姿勢は変わらない、それでも結婚したいなら縁を切る。自分でなんでも好き勝手に決めたことなんだから、こちらは一切関知しない。今後の交流は一切なし」と言われ、一方的に切られました。

 叔母はすべて仏様にお伺いをたてて決めています。私の見合い相手は叔母の知人であるお寺の息子さんで、お寺には莫大な年収があるらしく、母は私がなぜこんな良縁を断るのか理解できないそうです。きっとおばさんの占いで「二人の相性はばっちり」という結果が出たのだと思います。けれど、おばさんには仏教系の宗教家のみなさんのように穏やかなところがまったくなく、派手で、他人にはすさまじく厳しく、彼女の話を聞かない人はすべて「話のわからないバカ」と決めつけます。なにかをアドバイスするにも「私が〜と言ってやった」という言い方をします。彼女自身の周囲の人間関係にも色々と問題が多く、占いの結果によって良い人生を送れるどころか正反対のように感じられます。そもそも占いによる親族の縁談も有力寺院等との間のものなどが多く、全て彼女自身の有利になるようなものです。

 こんな状況を踏まえて彼と話しあい、入籍に踏み切りました。10月初旬にはビザも下り、アメリカに行く目処も立ちました。両親にはまだ報告していません。きっとこのことを知ったら、実家に連れ戻されるでしょう。今までずっと両親の言うことを聞いてきましたし、両親と叔母の教え通り、毎日の読経(自我偈・お題目など)を欠かしたことがありません。親に逆らうのはこれが初めてではないでしょうか。しかし、24才にもなり、親の言うことを聞かないからと頭ごなしに怒られるのには嫌になりました。親不孝だとか、親のことを大切になんて思ってないからできることだと言われ、親や家族のために自分をどこまで犠牲にするべきなのか、自分のやっていることは人の道にはずれることなのか、または自分の人生なのだから自分で決めて当然なのか、そのはざまで答えの出ないまま、今も悩み続けています。

 彼のことは心から信頼しており、これから先のことは不安ではありません。アメリカの家族も暖かく迎えてくれています。けれども、両親との関係を考えると不安でなりません。この先、祖父母や両親に何かあった時、アメリカからすぐ日本に帰って来ることは可能ですがそれは付き合いがあってのことですし、縁を切られた今はそんなこともできなくなると思うと切なくて仕方ありません。心の整理をどうつけたらいいのでしょうか?

 たまたま京都の男性の相談(彼女の母親のこと)を読ませて頂き、ぜひ相談させて頂きたいと思いました。どうぞアドバイスをよろしくお願い致します。


【回答】

 合掌

 掲載にあたってかなり短くまとめさせていただきましたが、ご相談のメールは、あなた自身の苦しいお気持ちが非常に良く伝わる文章でした。

 結論的には、既にご参照された京都の男性の相談に対する回答と重なります。運命決定論となるような「霊能者」の言葉に、意に添わぬまま従う必要など何もないこと。その一方で、二人で力を合わせてご両親との人間関係の修復に努めてゆく必要があること。もちろん、そうした事はあなたも既にお気づきなのだけれど、それでも心が苦しいのですよね。

 ご相談のメールからは、ご両親や叔母さんがいかに理不尽なことを押しつけて来るかということが、ひしひしと伝わってきました。もちろん、私はご両親らの人となりやあなたとの関係を実際に存じ上げているわけではありません。あなたの言葉を通じて私に伝わるのは、あなた自身の目に何が映っているか、ということです。父母は叔母のエゴイスティックな「霊能力」に振り回され、自分を理不尽に支配しようとしている。自分は彼と幸せになる自信があり、それを理解して欲しいのに理解してもらえない。父母を愛したいのに、その気持ちは拒絶されている――。

 心は不思議なもので、相手が頑なな気持ちで対応してくるとこちらも気持ちが頑なになりがちです。理不尽に支配されようとすればするほど、怒りがわき上がり、憎しみへと変化してゆくものです。それは自然な心の反応なのだけれど、同時にとても危険なことです。人間関係を時に修復不可能なまでに破壊してしまう働きだからです。

 私が安心するのは、あなたの文章から「理不尽だ」という思いは強く感じられてもそれがご両親に対する怒りや憎しみに変化していない点です。心が苦しいのは、相手を愛しているからです。相手に自分の気持ちを理解して欲しいからです。憎んでしまえば、心の中から相手への思いを切り捨ててしまえば、苦しみは一気に減少します。世の中には、そんなふうにして壊れてゆく人間関係が数多く存在します。でも、あなたは苦しみ続けています。ご両親を愛し続けようとしています。だからこそ、私は「大丈夫だ」と安心するのです。

 あなたが毎日読誦しておられるお自我偈の中に「衆見我滅度/広供養舎利/咸皆懐恋慕/而生渇仰心」というお言葉がありますね。お釈迦様を喪った滅後の人々が、お釈迦様に対して「ことごとく皆恋慕を抱いて、渇仰の心を生ず」。法華経における信仰という心の働きの核心を突く表現です。良医治子の比喩によって仏様と私たちとの関係が親子の関係に準えられているように、私たちがこの苦しみ多き世界の中で勇気を持って生きるための力の源は、家族へのそれに代表される「愛情」にあります。お自我偈は続いて、恋慕の心を抱く者は「質直意柔軟」であるといいます。素直で柔らかな心。それはもちろん、ご両親のいうことに唯々諾々と従って彼と別れることでも、彼との愛情を守るために両親を憎んでしまうことでもありません。彼への愛情と両親への愛情、その二つを共に自分自身の心の中に見いだし、どちらをも大切に守ろうとする心です。

 状況はとても困難なものかも知れません。修復にはとても長い時間がかかるかも知れません。けれども、決して絶望することなく、古くからの家族と新しい家族の両方への愛情を守り育ててください。お題目信仰はきっとあなたの「恋慕・渇仰」の心を守ってくださるでしょう。それはもしかすると、霊能者の叔母さんやその教えを受けるご両親の主張する信仰とは異なる形になるかも知れません。どちらが正しくてどちらが間違っているか――なんてことではありません(あなたの文章を読む限り、正直私も叔母さんの信仰姿勢には眉をひそめるのですが。宗教者の中には時にエゴと信仰心を混同する人がいるものです)。他との比較相対ではなく端的に、豊かに涌き続ける泉のようにあなたに心の力を与えてくれるものであるならば、まさにそれがあなたにとっての真実のお題目信仰なのです。

 あなたとあなたの周囲の全ての人の心に勇気が生まれ、再び良き関係が取り戻せることを、同じお題目信仰を持つ者として──いや、何よりも人と人の関係の中で生きる同じ人間として、心からお祈りします。再拝

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