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幼い頃から優秀で出世もしてる。愛する家族もいる。なのに充実感がなくて心が苦しいのは何故?東京都 29歳 男性 |
【相談内容】私は、普通になることが、なぜ出来ないのでしょうか? 幼い頃から何をやっても人より優れてた。社会に出ても、いくつかの仕事をしたが、全て早い時期に出世出来たといえる職に就いている。なのに何一つやり遂げたと思える充実感がない。所帯をもって子供も産まれ、今までの自分と何か変われると思っていたが、何も変わらない。妻を愛してるし、子供もかわいい。 だけど、心の休息できる人や、目標がありません。苦しいです。 |
【回答】合掌 優秀な人間の孤独、よく分かります……なーんていうと「お前も優秀なつもりなんかい!」とどこからともなくツッコミが入りそうですね。まあ、客観的にどうかは別として自己像の問題としては、思春期頃の私も自分を優秀・早熟と考え、周囲から浮き上がることの孤独を感じていました。 今から思えば親が結構教育熱心だったのでしょうね。三歳で文字を覚え、幼稚園頃から近所の図書館に日参して本を読み、学校で教わるより早く九九を暗記し、学年雑誌は必ず一年上のものを購読。もちろん成績は優秀、でも友人は特定少数のみと深い関わりを持つ内気な子供でした。原因を特定することはできませんが、そうした幼少期の様々な要因がからまって、結果的に思春期頃の私は対人インターフェイスの萎縮と自己像の屈折を持つ難儀な性格に育っていたように思います。 その結果、私は中学時代から登校拒否となり、高校も二年の夏に中退をしました。その辺りの話は電子説法(例えば平成十二年十一月十六日など)でも触れたことがありますので今は詳しくは述べませんが、この「挫折」経験が、私の大きな転機となったことは間違いありません。 高校中退後に放り込まれた僧侶養成学校は、大学卒業後に入ってくる人が多く、十七歳の私は最年少でした。けれども学問面では決して年上の同輩に引けを取らない自負があり、密かに「宗教なんて合理的に物事を考えられない人間の逃避だ」と考えていたこともあって、最初の頃は無意識にせよ「俺はこいつらとは違うんだ」という驕りがあったかも知れません。でもそれはあっというまにうち砕かれました。集団生活を通して、人間の価値が知識の量にではなく情緒の質にあると思い知らされたからです。そしてその事が逆に、自分の知識がいかに偏ったものであるか、自分が人間という存在についていかに無知であるかを教えてくれました。 それから私は、「人間にとって宗教とは何か」を学ぶために大検から国立大学に入って大学院に進み、父の死去を契機に院を中退して、今は地元で県庁に勤めています。優秀? とんでもない。私の出発点は、バランスを欠いた自負と孤独に悩み苦しんだ思春期にあるのです。友人から伝え聞いたのですが、高校を中退した際、ある教師が「あいつは人生からドロップアウトした、ロクな将来にはならないから見てろ」といったそうです(そんなことを言う教師ってのも問題だよなあ、と、現在教育行政の端っこに身を置く者として冷静に思います)。けれど振り返れば、あの時に悩み苦しんだ経験こそが豊かな糧となって、僧侶養成学校から始まる人生のリスタートを、そして今の私をしっかりと支えてくれていることが分かります。挫折が私に人生の本当の価値を教えてくれたのだといえるでしょう。 今でも私は「変わり者」であると自覚しています。でも、他人と比較して優秀だとか低劣だとかいう意識はあまりありません。相対的にではなく絶対的に、私自身の人生の特殊性を、私が私であることを深く肯定する意識があるだけです。そんな私の目から見ると、あなたの苦しみは、比較相対によらない絶対的な価値を見つけられないでいることに由来すると感じます。 絶対的な価値をどのように手に入れるのか──いや、手に入れようと足掻いても、指の間からするりと逃げてしまうでしょう。それは人生のある時点で、いつの間にか手にしている事に気付く筈のものです。そのためには、結論を急ぐのではなく、過程を精一杯生きることが大切です。あなたは早くから出世したと考えておられるかも知れませんが、まだまだ人生の途上に過ぎません。仕事に励むこと、家族を愛すること、趣味を楽しむこと、人生に悩むこと、苦しむこと。過去ではなく、未来でもなく、今をまっすぐに見つめてください。現在を積み重ねることで過去が生まれ未来が切り開かれるのです。あなたは一人ではありません。あなたと人生を共に歩む家族がいます。奥さんの愛情が、子供の笑顔が、あなたに生きる力を与えてくれるのを感じるでしょう。そうして生まれる勇気を胸に、今を生きてください。他の誰の人生とも異なる過程を経て、いつかあなたの手にも絶対的な価値が握られていることを私は信じます。 再拝 |