感情的になりやすい自分。どうすれば人に優しくなれるのでしょう。

茨城県 26歳 男性 


【相談内容】

 感情的になりやすく、悲観的に物事を考え孤独感や焦燥感に襲われます。

 日常生活において、仕事を楽しくやっているのですがふと怠けている(見える)同僚をみると、つい感情的になって「もう、人にばっか仕事させて」と思ってしまいます。もちろん、本人にはいいません。また、頭の中では、いろんな人がいるから社会が成り立っていることや画一的に物事を考えては駄目だとわかってはいるのですが、つい目の当たりにするとその人の悪いことを思い出したり、それを思っている自分に自己嫌悪に陥りついには、なんて自分は了見が狭いんだと悩んでしまいます。

 そんなわけで、ついにはだめ人間だなぁと悲観的になり独り孤独を覚えます。どうしたら、寛容の心で物事をとらえ、仏心のように人に優しくできるのでしょうか?良きアドバイスをお願いします。


【回答】

 合掌

 あなたは私とよく似たタイプのようです。誰かの振る舞いが気に障ると、頭の中でネガティブな思いが渦巻いて不満を自己増殖させてゆくのに、それを表現することなく表向きはにこやかに笑っている。で、そんな自分に気付くと今度は自己嫌悪に陥ってしまう。いやー、よくあるんですよ。我ながら困ったもんです。

 怒りや不満は、溜めないこと、表現して発散してしまうことが、一番の解消方法です。あなたの身の回りにもいませんか、何でも思ったことはズバッと口にして、後はさっぱりと根に持たないような性格の人が。ああいうタイプを見るとうらやましいですよね。もちろん世の中には、怒りや不満をとてつもなく歪んだ形で発散してしまう人もいますから、そうしたタイプに比べれば私たちはまだまだ善良(^_^;といえましょう。とはいえ、気持ちが内に向かうと次第に自家中毒を起こしてつらくなってきますから、何かしらの解決を図らなければなりません。

 仏教では、人の心の苦しみを生み出す原因は執着にあると考えます。あらゆる事物・出来事は常に変化してゆくものであるのに、私たちはそこに固定的な思いを持つから、いつしかその思いは裏切られて苦しい思いをするのです。今あなたの目の前で怠けている同僚は、別の瞬間には可哀想なくらい仕事に追われる事もあるでしょう。ひょっとすると、今さぼったツケが後で降りかかってくることもあるかも知れません。あなたは彼のマネージャーではないから、彼の人生における出来事の全てを知り得る立場にはありませんよね。たまたまあなたの目に触れた断片的な彼の姿が、あなたの心を苛立たせ、あなた自身を傷つけてゆく。あなたは自分で自分に損をさせているのです。出来事の全体像を見つめないこと、本当の事を理解しないことが、執着を、そして苦しみを生むのです。

 もし今度、その同僚がまた怠けているように見える時があったら、「すまん、急ぎの仕事があるんだけど、ちょっと手伝ってくれないか」と声を掛けてみたらどうでしょう。ほんのちょっとした書類作成でもいいんです。そこから会話が生まれ、内側に溜め込むばかりでは得られない種類の理解が始まります。手伝ってもらえる仕事の量は微少かも(ひょっとすると全然手伝ってもらえないかも)知れないけれど、あなたの心の重荷は随分と軽くなる筈ですよ。

 再拝

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