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諸宗教は共存できないのでしょうか。様々な宗教とどう付き合っていくべきでしょうか。東京都 19歳 男性 |
【相談内容】僕は、大學の友人に日蓮正宗に入ることを勧められているのですが、どうしても排他的な宗教的態度に納得がいかないのです。宗教は絶対性を主張するのはあたりまえなのでしょうが、他の宗派や宗教と共存できないものなのでしょうか。 また、さまざまな宗教とどのようにつきあって行くべきでしょうか。 |
【回答】合掌 「自分の信じる宗教とは違う宗教とどう相対するべきか」という問題は、理性を重んじる現代にあってなお解決を見ない難問ですね。もちろんこれは宗教に限らず、あらゆる価値観の問題に当てはまります。 日蓮正宗は創価学会と対立している関係もあって、特に排他性が強いように見聞きしています。もっとも、日蓮聖人ご自身が激しく他宗教を批判なさっておられるものですから、総じて日蓮聖人門下は他宗派に比べて排他的傾向が強いようです。といっても、勿論普通の寺院は県・市郡の仏教会に所属して他宗派と協力していますし、個々の僧侶の中には積極的に宗教間対話の場に出て行かれる方もおられます。 電子説法一日一話のバックナンバーから、平成十二年九月二十九日のものをご参照下さい。法華経に顕された開会の思想について解説しています。かいつまんでいうならば、「俺が正しい、お前は間違っている」といい合うだけの泥沼の宗教対立について、「お前たちがこだわっているものは決して真実ではない。本当に大切なものは別にあるんだ」と示唆しているのです。それは決して「俺が」「俺が」といい合う状況に更に「いや俺が」と名乗りを上げて更に混乱を深めるものではありません。むしろそのような宗教対立を哀しみ、諫め、全ての人にとって普遍的に大切な「何か」へ目を向けようとする教えです。 排他性に納得がいかないとのことであれば、安易に勧めに応じて入信しないことです。「やってみなきゃ分からないこともある。試しに入ってみなさい。疑ってばかりでは君は一生何も得られない」と相手がいうかも知れません。確かにある種の真実をついてはいますが、私はかつてオウム真理教の信者からその台詞を聞いたといえば、どこかに詭弁があるという事はお分かりでしょう。 人は誰もが自分自身にとって大切な何かと出会います。ご友人にとってそれは日蓮正宗だったのでしょう。私にとってそれは法華宗(本門流)です。あなたもいずれは何かと出会います。それは仏教ではないかも知れない、伝統宗教ですらなく新宗教かも知れない、いやひょっとすると無宗教の信念かも知れません。その時に、あなたがあなた自身の人生の中でかけがえのない「大切なもの」と出会ったように、あなたとは違う人があなたとは違う人生の中であなたとは違うがしかし同じようにかけがえのない「大切なもの」と出会っているのだということに思いを馳せれば──自ずと「他者の何を批判するべきか、何を批判すべきではないのか」が分かると思います。 再拝 |