留学と就職、どちらを取るかで悩んでいます。留学を選ぶのは逃避でしょうか。

大阪府 21歳 女性 


【相談内容】

 こんにちは,私は21歳の大学生です。最近まで,宗教アレルギーでしたので、仏教について無知に近いと思いますが,どうぞよろしくお願いします。

 『今を生きる』こと,瞬間瞬間を大事に生きることが重要だと、ある仏教の本に書いてありました。でも、私にとって(みんなかもしれないですけど)『今を生きる』ってすごく難しいです。もともと、空想したりして内向的なのですが、今は,就職活動を控えていて,いつもそのことばかり考えています。就職するって決めて、活動しているのなら、毎日必死でしょうけど、私は,留学したいとも思って迷っています。大学,親,兄弟は、新卒は貴重なチャンスだといい、迷っている私に冷たいです。私は、今までは、世間や、親が褒め称える進学高校へいき,大学にも行きました。留学して,帰ってきて何をする?とか、英語以外に海外に行く目的は?とか聞かれます。後でもできることかもしれませんが、企業でしたいことがないため,履歴書の志望動機が嘘の塊になってしまいます。私は、海外に行く限りは、現地の人と触れ合って、そこの文化を触れたいのです。

 それだけでは、だめなのでしょうか?私は、逃げているだけなのでしょうか?それとも、世間に流されず自分の道を歩んでいるのでしょうか?留学したいというのも、欲なのですか?世間の目を気にして自分を見失いたくないのですが、それも『自分』というものが存在します。それも欲なのでしょうか?どうか、アドバイスをお願いします。そして、『今を生きる』とは、どのようにしてできるのでしょうか?

 もともと、怠け者なのですが、どっちもつかづで、何も手につきません。ため息ばかり。こんな自分に吐き気を覚えます。どうぞ、どうぞ,よろしくお願いします。


【回答】

 合掌

 例年になく雪の多かった冬も終わり、春が来ようとしています。温かく穏やかな時期とのイメージがありますが、古来「木の芽時」といって、心や体のバランスが崩れやすい季節ともされます。現代日本の社会サイクルでも進級、進学、就職、異動、退職など大きな状況の変化を迎える時期ですね。

 留学と就職。一生を左右するだけに、決心することが難しい問題だと思います。私も七年前まで学生でしたので、その頃の気持ちを思い起こすようにして相談文を読ませていただきました。

 私は高校を中退し、十七〜二十一歳まで全寮制の僧侶養成学校に学びました。その後、大検から大学へ、そして大学院へと進み、将来は研究者になりたいと思っていたのですが、父の突然の死が状況を変えました。七年前に帰郷、地方自治体に就職して現在に至ります。大学に入ったのは人より四年遅く、就職したのは六年遅いことになります。我ながら、随分と遠回りの人生を送っています。

 けれども、私はひとつの確信を持っています。そうした遠回りの人生こそが、今の私の情緒を、能力を、知識を支える大きな糧になっていると。私も「空想したりして内向的な怠け者」なので(口先で合わせてるんじゃなんて本当にそうなんですよ)、節々での決心は必ずしも自分の意志ばかりではなく、状況に流されたりやけっぱちになったりもありました。でも、なんというか──結果オーライなんですよね。様々な状況の中で様々な人と出会い、様々なことを考え、学び、遊んで悩んだ経験。それは他の何物にも代え難い私の財産です。

 仏教ではこれを「縁」といいます。

 仏教、特に初期仏典の教えは、「私とは何か」を巡る壮大な思索です。一度、岩波文庫から出ている『ブッダのことば』などを読んでみてください。一般的な宗教のイメージと大きく異なることに驚かれると思います。仏典はいいます。固定的な「私」はない、あるのは因と縁によって生じた現象だと。

 あなたはこれまでの二十一年間に家族や友人や多くの人に囲まれて、色々な経験をして、今の「あなた」が……あなたの心が形作られています。そして、これからの数十年間の経験が、更にあなたを豊かにしてゆくでしょう。未来は無限の可能性に開かれています。留学によって生じる縁。就職によって生じる縁。どちらもあなたの糧となりうるものです。

 そう考えると、留学が逃げだと思うのも、就職が自分を見失うことだと思うのも、なんだか肩肘張った見方だと思いませんか?

 文面では、留学を逃げとして新卒での就職を勧めるのは周囲の声だと書いておられます。けれど、そうした声が実はあなた自身の内面の不安を代弁しているからこそ、あなたは悩んでいるのでしょう。留学という道に確信を持っておられるのならば、そこに悩みは生まれません。

 「自分らしくありたい」と思った瞬間に、本当の意味での(つまり「ありのまま」の)自分らしさは失われます。「今を生きたい」と思った瞬間に、過去へのこだわりや未来への不安がどっと押し寄せて、心はぐらぐらと揺れ動きます。そうしたこだわりやこわばりを忘れ去った時にふと現れるのが、自分らしさであり、今を生きるということです。

 現地の人と文化に触れ合いたい。この言葉が、あなたの本当の気持ちに一番近いところから発せられたもののように感じました。

 だから私は、留学をお勧めします。

 でも忘れないでください。私はあなたの人となりを知らないまま、無責任な発言をしています。あなたの周囲の人たちは、あなたをずっと見守ってきて、彼らなりにあなたの事を本当に思って発言をしています。勿論、だから絶対にどちらが正しいということではありません。ただ、あなたは家族や恋人や友人や知人や、また私のように偶然言葉を交わすことになった者とのつながりの中で生きているのだということを、自信に思って欲しいのです。

 人と人との温かなつながりの中で生きている、生かされていることの自信。それがあれば、あなたは自分が本当に何をしたいのか、見つけることができる筈です。

 あなたの選ぶ道に良き縁があることをお祈りします。

 再拝

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