『深い河』
『「深い河」をさぐる』

遠藤周作

講談社文庫(『深い川』)
文春文庫(『「深い川」をさぐる』)


 私にとっての最初の遠藤周作体験は、実は彼自身の著作ではなく、その作品を赤塚不二夫が漫画化した『おバカさん』でした。当時のギャグ漫画界に君臨し私たちをナンセンスな笑いに突き落としてくれていた赤塚が、ふいに真面目な話を連載しだし、その不思議な魅力や感動が子供心を奇妙に捉えていたのをうっすら覚えています。

 その後十代半ばになると、ユーモア小説を漁る中で遠藤周作物もいくつか読み、『おバカさん』にも手を出したのですが、『海と毒薬』『沈黙』などの真面目そうな、いかにも文学という(当時の私が未熟な自意識で否定していた)傾向の作品は敬遠していました。

 本作はその頃以降、それこそ十数年ぶりに読んだ遠藤作品かも知れません。

 最初はなんだか芝居がかった類型的な描写に鼻白むものがあり、世界に没入しにくい感じがありました。人物の行動や心理描写に自然なリアリティを求める最近の小説から見れば、著者はやはり古いタイプの作家といえるでしょう。しかしやがて、硬質なテーマ性が大きな魅力となり、後半は没入して読み進める事が出来ました。

 物語の大筋は、様々な心の傷を抱える複数の男女が共にインドツアーでガンジスを訪れるものです。しかし最も重要な人物は彼らとは別に存在します。イエスを「たまねぎ」と表現し、キリスト教の具体性を通して宗教の普遍性を求め続ける神学生の苦難が、一種の神話的存在として作品世界の重心に位置しているのです。

 様々な傷と、他者の弱さをいたぶる悪と、それらをみつめる哀しみと。んー、重い。あの効果的なラストも、世界の重苦しさを一層際だたせています。私の趣味に合わない描写もあって手放しで絶賛はできないけれど、うん、ひとつの確かな文学世界がある作品ですね。

 んで『深い河をさぐる』は、1993年の『深い河』刊行前後(ほとんどは刊行前ですね)に行われた対談を集めたもの。冒頭の本木雅弘との対談がもっともページ数が多く、さすがに格の違いからか本木は終始学ぶ側の立場を崩さなかったものの彼らしい感性が随所に見られて興味深いものでした。私が学生時代にお世話になったカール・ベッカー先生との対談のテーマはやはり臨死体験。横尾忠則のチャネリングばりばりの話には著者も「はぁ」としか返せずたじたじだったのが笑えます。

(初出:F式ワンダーランド! 1997年4月)

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