『神話学講義』

松村一男

角川叢書


 エリアーデの翻訳で名前を知っていた松村一男のこれが初読み。

 本書は神話を巡る近現代の学説史です。学説史というと、これまで私は、学者にとっては基礎的に押さえるべき事柄なのだろうけど一般の人間には無味乾燥でつまらないジャンルだと考えていました。ところが本書を読んで、その考えは一変しました。わくわくするくらいに面白いんですよ、これが。

 著者は近代神話学・宗教学の父であるマックス・ミュラーから説き起こして、現代に至るまでの学説を6人の学者の業績に代表させて語ります。比較思想という手法によって近世までの護教論的神話論を脱したミュラー、呪術→宗教→科学に至る進化論図式の上に立って『金枝編』により基礎的な呪術理論をうち立てたフレイザー、社会学的視座から神話と儀礼の人間社会における意味を説いたデュメジル、構造言語学のアイディアを人類学に当てはめ思想界に一大潮流を生み出したレヴィ=ストロース、起源神話に神話の力の源を見出し「近代」という時代の眼差しを批判したエリアーデ、ユング派分析心理学とも深く関わり英雄神話を重要視して「スターウォーズ」など現代アメリカの幅広い文化に影響を与えたキャンベル。彼らの学説をかなり踏み込んで紹介しながら、著者はその学説がその時代の中でどのような意味を持ち、またどのような限界を持っていたのかを丁寧に考察していきます。

 文化系学問における「学説」は、一人の人間としての研究者が、人間の現象である対象に正面から取り組んだところに生まれる、それ自体がひとつの人間の現象です。当然そこには、時代の制約もあれば個人のコンプレクスも影響します。そのため時代が下れば批判を受けて新しい学説に道を譲ることになります。けれど、それは決してその学説に価値がないということではありません。人間が人間を理解しようとした苦闘の跡は、次代に生きる私たち自身の人間理解にポジティブであれネガティブであれ強い示唆を与えてくれるものです。

 本書にまとめられた講義の元となったのは、筑波大学で行われた特別講義だったとのこと。あとがきによれば学生達にも大好評だったようで、自分がいた時期にその講義が行われなかったことがつくづく惜しいですね。

(初出:F式ワンダーランド! 1999年5月)

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