『予言がはずれるとき この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』

L.フェスティンガー
H.W.リーケン
S.シャクター

水野博介訳

勁草書房


 “WHEN PROPHECY FAILS”といえば、宗教社会学の古典としてその道では有名な書物です。ある集団で災害の予言がなされ、その予言が外れたにも関わらず集団は瓦解せず、むしろ信仰を情熱的に深めた。その過程を追いながら社会学的考察を行った、一種の社会誌です。私も学生時代、主に新宗教の信仰を研究テーマにしていた関係もあって、「こいつぁ読んでみなきゃ」と原書を入手してはいたのですが、何分語学に弱いものでぐずぐず読まないうちに、とうとう翻訳が出てしまい、これまた日比谷図書館で借りました。原著が1956年だから、40年前の本なんですね。基本文献なのにこれまで翻訳が出ず、オウム事件の起きた年に出版されたってのが……(ほんとはもっと前に出版するつもりで翻訳作業を進めていたらしいのですが)。

 本書で扱われている事例は、チャネリングのはしりのような集団です。宇宙人からの「もうすぐ大洪水が起こるが、選ばれた者はUFOによって救い出されるだろう」とのメッセージを受け取った婦人とその小集団に、宗教社会学の学生等複数が潜入調査(目的を偽って、入信者のように見せかけながら調査すること)を敢行し、予言された日の前後数ヶ月の様子を克明に記録しています。予言の日に災害が起きないと、「これは宇宙人が我々に与えた試験だったのだ」等の正当化が行われ、次なる予言もなされて、集団の結束や布教熱は更に強固になってゆく。狂信者にありがちなイメージですね。けれどもそれは宗教に特有の欺瞞なのではなく、人間の心理的メカニズムに根ざしたもので、宗教以外の社会集団でも、個人の生活の上でも見られるものなのだ、とする点がキモですね。

 事例を記述する部分は詳細で本書の大半の頁を埋めており、確かに非常に面白いのだけれど幾分冗長な部分もあるように思います(社会誌という性格からは、ある程度仕方がないのでしょう)。より刺激的なのが、著者が理論的仮説を述べた第一章「成就しなかった予言と失意のメシアたち」と、その理論をふまえてオウム事件等にも言及した「訳者解説」でしょう。

 本書の原著刊行の後にまとめられたフェスティンガーの認知的不協和理論は、「訳者解説」によれば概略次のとおりです。

 人間があるふたつの認知要素AとBを持ち、その両者が論理的または心理的に両立しない状態である時、それらの要素は互いに不協和の関係であり、不快感をもたらす。その認知要素が個人にとって重要なものである場合、そのような不協和の状態は耐え難く、より調和のとれた状態に近づけようとする不協和低減への動機付けがなされる。

 A:煙草を吸っている
 B:煙草が有害である事を知っている

 協和的な関係に至る方法のひとつは、AあるいはBを変えてしまう事だ。Bの理解に従ってAつまり喫煙をやめる事がこの例での根本的な解決だが、どうしても煙草をやめられない場合、Bが変化する必要がある。つまり、煙草は有害ではないと考えたり、そうした情報から身を遠ざけようと努力することになる。

 別の方法は、その不協和の重要性を減らすことだ。煙草は有害で究極的には死に結びつくのかもしれないが、人は誰でもいずれ死ぬのだから、大したことではないのだ、など。

 また別の方法として、認知全体における不協和の比重を減らす為、認知要素の一方に協和的な要素を付加することがある。煙草を吸っているという要素Aに、喫煙は気分をリラックスさせる等の効用を付け加えるなど。

 しかし現実の生活の中では、そうした不協和低減の戦略は必ずしもうまくいかない。認知要素AもBも変化させられない場合に起きるのが、本書の事例に見られるような、一方の信念の情熱的再強化である。

 訳者は更に捕捉説明して、客観的には誤った現実が多くの人々によって同様に受け入れられている事態「多元的無知」の状態が、そうした信念の再強化に必要であり、それ故に布教活動が活発化すると指摘しています(といっても、そうした事が起きる為の「五条件」の五番目として第一章に触れられているんですけどね)。

 二つの背反する出来事が人の心理を抑圧するという点で、ベイトソンのダブルバインド(二重拘束)理論を思い出します。

 幼児に対して親が何らかのコンプレックスから「嫌いだ」という攻撃感情を抱き、子供が近づく事を厭うような場合、幼児はそれを敏感に察して親から離れようとします。親はしかし「親は子供を愛するものだ」という役割期待にも縛られて、子供に「私はお前を愛しているんだ、離れてはいけない」と制止します。好きと嫌いの二つの親の感情に挟まれる形で、子供は近づいても離れても親に本当に愛してもらう事ができません。こうした経験が、その子の人間形成、特に自分の感情の表現や他者の感情の読みとりの能力に悪い影響を及ぼし、長じて精神分裂病を引き起こす事がある、とするのがダブルバインド理論の概要だと理解しています(『精神の生態学』読んだわけじゃないから、間違ってる鴨(-_-;))。

 人間の自己正当化と、その為の情熱。特に、あらゆる暴力はこうした正当化を伴っている(正当化なしに人は暴力を振るえないし、逆に正当化が論理的に困難であればあるほど暴力は過激になる。オウムや連合赤軍に顕著)と考え、正当化によって人が守ろうとする自我の構造に強い関心を持つ私にとって、本書は実に刺激的なものでした。

 ガチガチの堅い論文じゃなくてルポルタージュ風だから、フツーの人でも楽に読めると思います。お勧め本。

(初出:F式ワンダーランド! 1996年7月)

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